畳は、湿度の高い日本では古くから暮らしの道具として愛用されてきました。畳の製作は、ユネスコの無形文化遺産にも登録されました。それは、継承されてきた日本文化を誇りとする一方で、畳の作り手が減少して、「遺産」と呼ばれてしまうことへの警鐘ともとらえられます。生活スタイルの変化で需要が減少する中で、三鷹の地で新しい世代へ畳の魅力を伝えるべく奮闘する『関口十一畳店』の三代目、関口博行さんに話を伺いました。
家業の継承。「まだやるの?」を原動力に
関口さんの祖父が、この地に畳店を昭和16年(1941)に創業し80年。当時から活躍する畳職人さんも現役で働いています。その中には家業が畳屋だった方も多く、数十年の経歴の持ち主も珍しくありません。
小さな頃から関口さんは作業場で遊び、先代である父の仕事を見ていましたが、家業を受け継ぐというプレッシャーは感じることなく育ちました。もしかしたら心の中では継いでほしい思いがあったのかもしれませんが、社会の変化と共に畳の需要が減っている中で無理強いを感じることはありませんでした。
しかし、先代が病に倒れ、突然お店を守る立場になりました。それまで家業を受け継ぐという自覚をせずに過ごしてきたので、わからないことばかりの毎日。死に物狂いで数年かけ自分なりのペースを整えていきました。時には外部の人に「まだやるの?」と心無い言葉を掛けられたこともありました。その時に受けた衝撃は今でも忘れられるものではありません。しかし、その悔しさが起爆剤となり前進するパワーに変わった、今はそう思えるそうです。
全てがオーダーメイドで熟練職人の手作業
製造業は本来工場で作ったものを出荷すれば終わりですが、畳屋はそこで仕事が終わりではありません。生活しているスペースに上がらせて頂き、畳を引き取り、入れ替える。ここまでの一連を全て畳職人がやっています。効率・非効率で言えば明らかに非効率的ですが、実際できあがった畳を納品に行くとお客様の表情が緩み、感動してくれている姿を目の前で見ることができるのだそうです。そして関口さんはじめ畳職人にとっては、難しい仕事ほど最善を尽くし、仕上げたものがぴったりはまるととても嬉しい瞬間なのだとか。
またお客様とのコミュニケーションを大事にしています。ご年配の方も多く、電球が切れそうだと気づいたり、動かしたい荷物があるけど重たすぎて運べないなど、小さな困りごとを見受けることもあります。そういう時にはできるだけお力になることで新たな会話も生まれ、信頼関係が生まれるように感じるそうです。そしてそのような関係性から安心して畳を購入され、知り合いなども紹介してくれるのは本当にありがたいことだと仰います。
『関口十一畳店』では、年代も様々な職人さん達が作業しています。その中で関口さんはいつも明るくにこやかにされています。お話を聞かせて頂く中で印象的だったのは「自分はいつまで経っても下手くそだと思っているから、ひとつの仕事をただ一生懸命やっています。」という言葉でした。謙虚な中にも職人としての誇りが感じられます。
丁寧に手作業を重ねて完成する畳
・い草を育てる農家さん
・い草から茣蓙(ござ)をつくる人
・芯材に使用する藁(わら)を編む人
・資材を組み合わせて縫い合わせて仕上げる作業をする「付け師」
付け師が一般的には「畳屋」と呼ばれていますが、昔は素材を作るお仕事の方も「畳屋さん」と呼ばれていたそうです。
一番需要が多い表替え(貼り換え)は、おおまかに以下の3工程です。
①畳表(ゴザ)を土台に縫い付ける
②縁(ヘリ:色帯)を縫い付ける
③仕上げ:ヘリを折り返して土台に縫い付ける
それに伴う作業を見学させて頂きました。
最新機器と玄人の腕の合わせ技
・寸法を測る
元々あった畳の縦横斜めなどの寸法を測ります。昭和に建てられた作業場ですが、実は最新機器が導入されており、採寸データは即座に転送されます。
・古い畳表(ゴザ)をはがす
縫い目箇所をひとつひとつ切りながら、古い畳表をはがします。
・畳表(ゴザ)を縫い付ける
短い辺(カマチ)を待ち針で留め、土台に畳表を縫い付けます。
・縁(ヘリ)を縫い付ける
縁・畳表(ゴザ)・土台を縫い付けます。
・縁を返し縫いする
縁を縫い目に沿って裏返し、土台を覆いながら返し縫いをします。
現在は機械を使用しているためこの工程に掛かる時間は約15分。機械を動かすのは熟練の畳職人さん。手作業で微調整をしていきます。
外国人の観光客を受け入れることもあり、皆さん食い入るように見学されるそうです。
昔は畳を縫う際に手針で一本一本縫い上げていました。今も手縫い作業は少なくなく、太い針を押し込むことで怪我をしないよう、装着する手作りの「手当て」には手の平を保護するための鉄板が仕込まれています。
エコで持続可能な生活文化の継承
畳の表となるゴザの素材であるい草は、稲の裏作として田園の土をリサイクルし、連作をするために古くから日本で栽培されてきました。座ったり寝転んだりと肌に直接触れる敷物なので、日本の土で育ち日本の風土に合った熊本産のい草で製織されたゴザに、関口さんはこだわっています。
土台の芯材に使用されてきた稲藁は、私達日本人が主食とするお米を収穫する際に副産物として出るものがリユースされています。それらを糸で縫い合わせて仕上げる畳は、縫い糸を切れば部材をバラバラに戻せるので、繰り返し修繕でき、何十年も使用可能です。
経年で修繕不可となるまで使用したら、畑に肥料として戻せます。畳は何世紀も前からリサイクルの考えを根底に持ち、成り立ちも存在もサステナブルだったのだということを、令和の今改めて実感します。
高温多湿の日本で「い草」は古くから重宝されてきました。改めてい草の機能をご紹介してみます。
・湿度調整機能
い草の断面には無数の空気穴があり、湿気を出し入れします。その調湿効果は木炭に匹敵し、梅雨の時期や蒸し暑い夏には湿気を吸ってべたつきを抑え、冬は湿気を放出して乾燥を防いでくれます。
・空気清浄機能
大腸菌などの食中毒をもたらす細菌や、レジオネラ菌などの腐敗細菌に対して抗菌作用があります。また悪臭の原因となる化学物質や有害物質を吸着し、空気を浄化してくれる天然の空気清浄器です。
・リラックス効果
い草には森林の香りと同じ芳香成分が含まれています。この香りは精神をリラックスさせ、心を落ち着ける効果があります。
子ども向けの講座では、密封ケースに入れたアンモニアの強烈な匂いを嗅がせた後、そこにい草を入れて2分間シャカシャカ振ります。い草の無数の空気穴が悪臭を吸着し、清浄化する効果を実感してもらうと会場がどよめきます。
時代と共に変化する様々な需要に対応する柔軟さ
畳の需要が低迷する中、時代の変化に合わせて新しい素材も登場しています。ハート型などの畳・カラフルな色合いの畳・洗える畳なども扱っています。
中でもペット用の畳の需要は上がってきているのだそうです。コロナ禍に増加した室内飼いペットにとって、つるつるとしたフローリング床が足腰の負担になるため、滑りにくく弾力のあるラバーのような素材の畳もあります。人間用の和室がなくても愛犬用の畳が敷かれたお部屋があるのも、現代ならでは、と教えてくださいました。
また、い草畳は呼吸をしているので、現代の機密性の高い住居では湿気が抜けきらず手入れが必要になることもあります。このような新たな生活様式の変化に対応しながら畳を継承するために、子どもに人気のキャラクターがプリントされた「縁(ヘリ)」を独自で発注するなど、様々な切り口を提案していきたいと関口さんは仰います。
触る・嗅ぐ・感じる。畳体験を三鷹の子ども達へ
2020年12月「伝統建築工匠の技」がユネスコの無形文化遺産に登録されました。建築遺産とともに、古代から途絶えることなく伝統を受け継ぎつつ、工夫を重ねて発展してきた伝統建築技術の中に畳製作も入っています。『関口十一畳店』の作業場でも、この伝統的な畳製作技術を用いた高度な熟練を要する作業が行われています。
「地域の方々、特に子ども達には畳を遺産とせず身近なものとして知って欲しい。そして地域と共にある畳屋としては、その地域が元気であることが大切であると思っています。自分の家族・従業員・お客様も住んでいる三鷹が、多世代の笑顔で溢れる街であり続けて欲しい。活気がなければ人も気持ちも離れ、ものづくりを持続的にすることはできません。」
そんな気持ちで、『関口十一畳店』では小学生のまちたんけん(町の様子を知り、お店の人たちがどんな思いで仕事をしているのかを探る校外学習授業)・中学生の職場体験学習・観光客の受け入れだけではなく、マルシェなどの地域イベントや三鷹まちゼミなどの催しにも積極的に参画し、畳の魅力を草の根的に広めています。
また、移動可能な正方形の置き畳を近隣小学校へ毎年寄贈しています。子どもが集まる際に設置することで集いやすくしたり、そもそも家に和室がない・もしくは畳自体を知らずに育つ子どもたちにい草の質感や香りを実感してもらえる機会になっています。
手軽に使えるコースターづくりや、子ども向けに小さな畳を作るワークショップは、畳の魅力を知る入り口として、香りや手触りに気軽に触れてもらえたら嬉しいと思って企画しているそうです。
地域からも認められ、次の時代に畳文化をつなげていくこと、そして長く住み続けられる三鷹のまちづくりに貢献する関口さんに、今後も注目していきたいです。
有限会社 関口十一畳店
住所 三鷹市上連雀2丁目2-6
TEL 0422-43-7247
営業時間 10:00~17:00
定休日 日曜日・お正月・ GW
HP https://tatami.mall.mitaka.ne.jp/
編集後記
いつも朗らかな関口さん。畳の販売を広げることだけではなく、日本の大切な文化を地域に継承していく使命感に駆られています。
関口さんも子育てをしながら見る三鷹の光景があります。その子どもたちの代、孫の代にも畳があり続けて欲しい。そう願います。
私達日本人は、出産したら赤ちゃんをフローリングの床ではなく畳の上で寝かせたいと思うものですが、私自身も、引っ越しをする度に徐々に和室の数が減り、今や畳のない生活をしています。保育園や祖父母の家・リラックスしたい場所には相変わらず畳があるのに、徐々に生活様式が変化していることを痛感します。
でも、三鷹駅近くの『関口十一畳店』を通りがかり、い草の青い香りを感じることで何とも言えない爽やかな気持ちになる。自分の中にある日本人のDNAを感じます。ふと足を止め、世紀を超えて職人が繋げて来た日本の文化・何百年も前からSDGsである先代の知恵や畳の魅力に思いを馳せる瞬間も大事にしていきたいと思います。
文: 橋都 愛