名物のどらやきが神々しい。老舗和菓子店『末廣屋喜一郎』

2022/12/26

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京王井の頭線井の頭公園駅から徒歩で5分、住宅街の中に「末廣屋喜一郎」はあります。井の頭公園駅前通りの1本隣り、70年近くどっしりと腰を下ろして暖簾を守っている、街の人から愛されているお店をご紹介します。

周辺の変遷とともに歩いてきた

お店は薄いラベンダー色の外観に、くずきりなど季節の商品の上りが立っているのが目印。三階建ての建物の壁には、大きく縦に「末廣屋喜一郎」と店名が記されています。

「末廣屋喜一郎」とは変わった名前の由来はなにか?これは、お店の歴史に関連しています。「末廣屋喜一郎」が開店したのは、1956年(昭和31年)春。当時のこのあたりは畑が広がる、とてものどかなエリアだったそうです。もともと「菓子卸商 末廣」は高田馬場で1939年(昭和14年)にオープンし、三鷹に移った際に「和菓子司末廣」に改名し、和菓子屋さんとして開業しました。


1991年(平成3年)10月に店舗の建て替えのタイミングで、現在の店名「末廣屋喜一郎」に変更します。ちなみに喜一郎は二代目の名前からつけられました。

「時代のニ-ズに即したお菓子を作り続けたい」

現在、お店を切り盛りしているのは3代目の笠岡直道さん。

「もともと私は違う仕事をしていたのですが、両親も高齢となり、家業を受け継ぐことにしました。まだわからないことも多いのですが、なじみの地域のお客さまにも励まされてやっています。」

時代が進み、性能のよいオーブンなど、器械に任せられる部分は任せていますが、餡の練りなどは手作業です。時間をかけて丹念に行います。温度や湿度にも左右されるため、「これ!」という引き上げどきは、経験値が今のところいちばん頼りになるので、どうしても手間ひまがかかります。
家族経営なので、売り切れ御免。申し訳ないと思うのですが、それだけ喜んでいただけるお客さまがいらっしゃるのはありがたいことです」。

三鷹の名物、どら焼きは3日以上かけて作られる

「末廣屋喜一郎」で、真っ先にあがる商品といえば、どら焼きです。お店の代名詞的な存在です。
「末廣屋喜一郎」のどら焼きは完全に手作り。大きなお店だけでなく小さなお店でも、今では完全に手作りのどら焼きは珍しくなりました。

手作りというと、手作りならではの不揃いなものを思うかもしれませんが、そこは熟練の技、見た目も美しいどら焼きを作っています。餡と皮、二つの要素で作られるお菓子であるからこそ、材料選びは大切です。

まずは、餡。「末廣屋喜一郎」では用途によって数種類の餡を仕込んでいますが、どらやきで使われるのは、煮崩し餡と呼ばれる潰し餡です。「餡の素材となる小豆は国産がよい」とおっしゃいます。

その理由は、豆の風味が強く、保水力が高くふっくら煮上がる、皮がやわらかいので餡に残ってもおいしく食べられるからです。この小豆を水に一晩浸し、渋切りを2回行います。渋切りとは水と小豆を沸騰させて、アクなどとともに脱水する工程のことです。水切りをした後、小豆を、含んだ水分のみで煮込んでいきます。ここまでですでに、3~4時間かかります。

小豆の7割程度の砂糖を加えて煮立てたら火を止めて、一晩冷まします。この過程で、時間をかけて小豆に糖分を染み込ませてゆきます。その後微量の寒天を加えて、焦げないように気をつけながら、味が回り、かつ適度に崩れるよう軽く練りながら1時間程度煮ます。水気を調整し、どら焼きに適した餡に仕上げます。

素材で重視しているのは小豆だけではありません。砂糖も同様です。「末廣屋喜一郎」では数種類の砂糖を使っていて、どら焼きで使用するのは、キレがよく、大粒で上等なザラメ糖。個性が弱いので、小豆にぴったりの立役者になってくれるのです。
皮も厳選した材料を使っていて、中でも大きな位置を占めるのは、卵。「末廣屋喜一郎」で使っているのは地元、三鷹市の農家から仕入れる、イザブラという種の放飼い飼育鶏の卵です。風味や粘性が強いので、皮のふっくら感や味の深さ、焼き色を美しくするのに役立っています。

素材だけでなく道具も大事です。
餡を煮るのに使うのは大きな銅鍋。洋菓子店でカスタードなどを炊くときと同様、その理由は熱伝導のよさ。真ん中と端がほぼ同じ温度で保たれ、全体にまんべんなく火が通ります。
どら焼きの皮を焼くのも銅製。こちらは“一文字”という、厚さ7.5mmの特製の銅板です。型などを使わず、一枚一枚ていねいに手焼きします。高い蓄熱力と良好な熱伝導で、むらなくふっくら、きれいな焼き色の皮が焼き上がります。
大きさも厚さもほぼ同じになるのは、さすがの職人技ですね。

こうして1個のどら焼きができあがるまでにかかる日数は実に3日以上。
風味がよく、しっかりとした味わいながら後口がきれい。満足感の高いどらやきで、わざわざ買いにきたり、贈り物にしたりする方が多いのも納得です。

お土産にも喜ばれる

このどら焼き、「末廣屋喜一郎」では2種類を用意していて、その違いは餡に使用する小豆。北海道産と丹波の大納言を使い分け、北海道産の大納言は井の頭どら焼きとして、小豆の最高級品とされる丹波の大納言は極上末喜どらやきとして販売されています。井の頭どら焼きは上品ながら親しみやすい味わい、極上末喜どらやきは香りがより高く風味が強いのが特徴です。

そのため、日常のおやつやちょっとした手みやげとしてお買い求めになられるお客さまが多いほか、進物用としても重宝されています。オンラインでも販売しており、遠方に住んでらっしゃるファンの方や、たくさん購入したい方がご利用なさっています。
オリジナルの焼印を押したどら焼きも作成しており、こちらも好評。会社や学校、イベントの記念品としてとても喜ばれています。

「末廣屋喜一郎」は店頭販売も、ですが、長年地元でご商売をなさっていて、地域の方々とつながりが深く、進物などでの注文が多いのも特徴です。
お正月のお餅、子供の一歳の誕生日を祝っての一升餅、慶事の際のお赤飯やおまんじゅうなども作っています。
一升餅などは名前入れも行っており、お客さまの希望を受け取って快く対応してくれるのも、長年地域に寄り添ってご商売をなさってきたからに他なりません。

和菓子から、心も癒される

ほかにも、みたらし団子やようかん、お饅頭やいも和菓子など、いずれも小銭で気取りなく買える物ばかりです。

また、季節を感じさせるお菓子が店頭に並ぶのも和菓子屋ならでは。春には桜餅、柏餅、ちまき、夏は水ようかん、くず桜、秋はおはぎ、お月見団子、冬は大福など。当然、フォルムや彩りも美しい、季節を感じさせてくれる上生菓子も作っています。

和菓子の小さな形から世界観が生まれて、食べるだけでなく眺めているとほっこりした気持ちになります。日常をちょっと豊かにしてくれる、そんな手助けをしてくれる「末廣屋喜一郎」です。

<店情報>

末廣屋喜一郎
東京都三鷹市井の頭3-15-14
TEL:0422-43-5030
10:00~19:00
日曜休
https://sueki.jp

<取材後記>

歴史のある和菓子屋さんと聞いて、厳しいところなのかな、と正直構えていました。が、違いました。家族経営の、いい意味でのアットホームさがあり、そのお人柄から長年三鷹の人々に愛されてきたのだな、と感じました。

取材した日、二代目の笠岡喜一郎さんに貴重なレシピノートを見せていただきました。少しずつ、ときに大きく改良を重ね、日々工夫なさっていることがよくわかるものでした。資料も熱心に読まれ、新しいお菓子作りにも常に取り組んでいらしたそうで、今や「末廣屋喜一郎」だけでなく三鷹の名物となったどら焼きも、二代目が作り出されたそうです。レーズン入りカステラは和菓子職人として唯一、洋菓子のシェフに混じって、ケーキのレシピ本に登場されたこともあるそうです。次に店頭に並ぶまでちょっとの間待つ、ちょっと不便な場所かもしれないけれど、「あのお菓子が食べたいから行く」。

そんな期待感をもって、贅沢な時間の使い方をしてみてはいかがでしょうか。

ライター:羽根 則子